「信教の自由」について
―「信教の自由を守る日」(2月11日)―

宇佐美 睦朗(神辺教会牧師)

 日本キリスト教団は、2月11日を「信教の自由を守る日」と決めている。1963年、「2月11日を建国記念日」とする祝日法案が検討され始めた。同年6月、教団やキリスト教平和団体は反対声明を出した。各地で講演会、デモ、請願署名運動を展開した。
 1966年6月に国会は建国記念日の日取りを決める審議会を設置することにして、この法案を可決し、12月に審議会はこの日を2月11日とした。その歴史的根拠のない日取りの決定やその思想的統制、教育の危険性を指摘して反対する世論は以前より強かった。つまり、政府は世論を無視して、決定したのである。
 日本キリスト教団は、それに対抗した形で、2月11日を「信教の自由を守る日」とした。
 そこには、信教の自由と政教分離の原則に反する靖国神社国家護持に反対の意思を表明してきたことが背景にある。
 靖国神社国家護持法案は廃案になったが、60年代に懸念した天皇制イデオロギーによる国民意識の統合を目指す文教政策、すなわち、政府の布石は、着々と進み元号法の制定。国旗国家法は、国民に強要しないという約束の下に制定されたが、約束は反故にされ、従わない教員には制裁を加えるなど、教育の現場は混乱を極め、教育の荒廃は解決の見通しも立たないほどである。
 加えて、教育基本法は改正(悪)され、国民投票法が決まり、憲法改正(悪)が俎上に上ってきた。建国記念日は、憲法改正(悪)までの布石だったのである。
 これら一連の動きの中で、「信教の自由」が侵されつつあることにキリスト者自身気づいていない。
 憲法第20条〔信教の自由〕について見てみよう。
第@項  信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
第A項  何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強要されない。
第B項  国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
1)  信教の自由について一般的理解は、誰がどの宗教を信じても自由である。それはそれで誤ってはいないが、最も重要なことは、国が権力でもって宗教を強要してはならないことにある。先の大戦中、国家神道や靖国信仰を強要してきたことに対する反省を基に、この法律はつくられたもので、その意味での、信教の自由という理解が欠落している。
2)  小泉元首相の靖国神社参拝違憲訴訟で、裁判官は、小泉元首相に信教の自由はあるということで、違憲判断をしない裁判官が多い。首相の資格で参拝したことは、首相は国の機関なのだから、第20条の[政治上の権力の行使]にあたり信教の自由はない。
 首相の参拝は、靖国神社が国から特権を受けることになる。また、首相の地位を利用した宗教活動にもなっている。このことを見逃している裁判官は憲法判断を逃げている、と批判されても致し方ないであろう。
3)  信徒の家族に戦死者がいて、国が靖国に合祀するのは当然とする向きもある。靖国神社に合祀する目的は、合祀しなければ後に続く者、国家に命を奉げる者が出なくなるだろうという発想で制定された事情が記録されている。目的は、戦死者を利用して、戦争に協力させようとしているのである。遺族の悲しみは十分理解できる(わたしの兄2名は戦死し、もう1名は軍事教練の事故で死亡)。先の侵略戦争で、否応なく道具として使われ、命を奪った国に顕彰されても、本当に有難いだろうか。
 ましてや、南方戦線で戦死者の三分の二が餓死者だったということは、国から見捨てられて死亡したことになる。わたしは、国が意味もなく無駄死にさせた責任があるのではないかと考えている。靖国神社に合祀することは、国の戦争責任回避に利用されているのである。それでも靖国に合祀されることで、慰められるだろうか。
 憲法改正(悪)に反対する論文を紹介する。
 「改憲派」の国会議員や改憲論者がしばしば口にしてきたのが、「日本国憲法は占領時代にマッカーサー総司令部から押し付けられたものだから、占領が終われば、当然改めるべきだ。新たな“自由憲法”を制定すべきだ」という「押し付け論」である。
 だが、この押し付け論は、事実を見誤った不毛な主張である。たしかに、日本国憲法は連合国に促され、アメリカの占領下で制定されたものではある。その意味で、「押し付け」的な面が全くないとは言わないが、日本政府の意向を無視して制定されたわけではない。
 日本政府は新憲法制定に先立って、憲法改正案を審議すべく衆議院を解散して、総選挙を実施している。そして、選ばれた新しい議員たちによって、三ヵ月半にわたって活発な議論がなされ、両院いずれにおいても反対者はごく少なく、大多数で可決された結果、日本国憲法が生まれたということは否定し得ない事実である。
 また、日本国憲法は「マッカーサー私案」をそのまま鵜呑みにして決定されたわけではなく、衆議院では若干の修正が施されている。たとえば、マッカーサーは議会の一院制を主張したが、日本は二院制を選択した。旧憲法下に、わが国は二院制の経験があったし、衆議院でともすれば陥りがちな「多数の横暴」を是正する機関として二院制をとったほうがよいだろうとの判断で修正した。
 このように憲法制定に当って、日本側の意向は充分に反映されている。
 竹内重年著『よくわかる日本国憲法』第三文明社・レグルス文庫、から引用。
1)  日本国憲法は、衆議院を解散して新しく選出された議員によって制定されたものだから、国民の総意によって制定されたことになる。「押し付け」など、うそつきの政治家にだまされてはならない。
2)  二院制を採用したのは「多数の横暴」を是正するためであったわけだから、自民党がイラク特措法を再議決したことは、二院制をつくった憲法制定の理念に反する。おまけに、揮発油税暫定税率の延長が認められなければ、再議決をも辞さないということを言い始めている。解釈改憲など憲法を無視してきたしてきた自民党政治が、超えてはならない歯止めを一度超えるとなんでもありの国会運営は、決して許してはならない。
 キリスト者は、この世の不義不正を決して見逃してはならないのではなかろうか。

(2008年1月28日)


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