11月のメッセージ「信仰こそ旅路を」

鳥居 司(福山東教会牧師)

讃美歌458番

信仰こそ旅路を みちびく杖、
弱きを強むる 力なれば、
こころ勇ましく 旅を続け行かん。
恐るべきものは この世になし。
主イェスの足跡 たどりゆけば、
けわしき山路も 越え行くを得ん。
疲るることなく、迷うこともなし、
ひたすら御神へ 近づきゆかん。
わが主をかしらと 仰ぎ見れば、
ちからの泉は 湧きて尽きず。
恵みふかき主の み傷示されて
わずかに残る火 ふたたぴ燃ゆ。
信仰こそわが身の 杖と頼まん、
炎も剣も なにかはあらん。
代々の聖従らを 強く生かしたる
いのちの聖霊 与えたまえ。

 「信仰」とは「一番大切なことは何か」そのことをいつもいつも思い巡らしながら、日々の生活を重ねてゆくことです。その「一番大切なこと」とは「神の約束を信じること」です。神がなされた「約束」それは「どんなことがあっても大丈夫」ということです。ですから信仰生活を送るとは、どんなことに出会っても「神様の約束があるから大丈夫だ」ということを忘れないで生きることなのです。
 どんな時でも大丈夫。この信仰が「苦しみ」を少しづつ和らげてくれるのです。人は苦しみによって自分の限界を知らされます。限界を知っているからこそ、人は優しくなれるのです。限界を知らないものは、自分を絶対化してしまいます。そしてその思い込みは「人を批判し、人を裁く」のです。(私は、そう思い込んでいますが…?)
 「いつもこれでいいの?」と、迷う心の中に主は共におられ、迷いながらも自分を愛せる方向へと、私たちを導いてくださる。「自分は自分を愛せるようになりたい」との思いが、私たちを正しく迷わせてくださる。そして、少しでも自分を愛せるように迷いながらも努力しているものに、主の慰めと勇気が与えられるのです。
 そんな日々を重ねてゆくと、人は救われていくのです。「救い」とは、私にとって良いことも悪いことも全部ひっくるめて受け入れていけるようになっていくことです。それは決して「諦め」ではありません。「妥協」でもありません。「これも私の姿なんだなあ」そう素直に受け入れられるように変えられ、静かな決意が生まれてくることです。
 「こんな自分はもういや、疲れてしまった」とつぶやくとき、「大丈夫 あなたはどんな時だって 大丈夫」との主の約束を思い出してください。一番大切なことを。



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